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映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

激戦 ハート・オブ・ファイト(2013/香港=中国)ダンテ・ラム

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元チャンピオンだが今はただのボクサー崩れの中年男が、しがない母娘の住んでいる襤褸けたマンションの一室を間借りして生活し始める。その一見如何にも香港の街の片隅にあるらしいせせこましい部屋には、それでも何気に微風が流れこみ、カーテンがしずかに揺れている。雨降りの日には雨はだだ漏れで部屋中を水浸しにするが、しかし階段を少し上がれば屋上があり、女の心傷の元となった閉じられた浴槽も、乱闘となれば破壊される金魚の水槽も、そこにはある。やがて心通い合わせた男と母娘は、部屋の天井を青空模様で、屋上の床面は芝生模様で塗り込めもするだろう。

 

男は自分自身の理由をもって戦いの場所に立とうとする若者を育て、また自らも自分自身の理由をみつけて同じ場所に立つ。その「理由」は、しかし映画の中では素朴簡潔なフラッシュバックで示唆されるだけで、決してドラマの段取として殊更描出されたりはしない。だいたいが、やがて絡み合うことになる人びとの物語に於けるプロローグ的な肖像描写とて、並行的なカットバックでやはり素朴簡潔に示唆される。また人物が行動を起こすその契機も、飽くまで“流れ”の中にこそあり、つまり黙念とした行為の描写の中にこそ見るものが自然と了解するようにシーンに織り込まれている。

 

人間と人間の肉体がぶつかり合う格闘描写は、やはりここでもカットを的確に割ることで描写の迫真ぶりを強めてみせる。なにがどうなってこうなった、という格闘の(ここでもやはり)“流れ”が自然と了解できるようにシーンが組みあげられる。 つかの間の弟子と師匠の絆が冗談ぽい口吻の接触にまつわるやりとりでさりげなく描写されたり、肝心の勝負の意外な決め手は一見偶然的だがきちんと物語的な必然性をもって準備される。幾つかの戦いの映画全体の中でのシーン配置も冗長にも淡白にもなることなく、飽くまで物語を的確に語る為のつなぎ方でこそある。

 

香港映画は、アメリカ映画のような映画史の表舞台に記憶されるような映画ではないのかも知れないが、それでもそこには確かに紛うことなき「映画」の系譜が息づいているかのように、こんな映画を見せられると感じる。観客を、物語を、つまりは映画そのものを率直に信じているようなしたたかさ。