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映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

WE ARE Perfume WORLD TOUR 3rd DOCUMENT(2015/日本)佐渡岳利

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ライブ映画ではなく、いわばバックステージ物のドキュメンタリー映画。Perfumeの三人は、しかしむろん三人だけでパフォーマンスをなし得るものでもなく、ごくさまざまなスタッフがそれこそ“Team Perfume”として三人にかかわっているのだろうし、確かにこの映画でもそんな重要な裏方の脇役の人達が何度も姿を見せるのだが、それでもこの映画がなけなしの価値を輝かせるのは、その中心たる主役の三人がPerfumeのこの三人だからなんだと、映画を見たらわかる。

 

舞台裏のドキュメントだから、殊更な演出や演技が三人を輝かせるのでもない。演出も演技も飽くまで舞台上の話だ。だがその演出や演技と三人の素顔との間に表と裏のような懸隔が見えないのもまた確かで、いわば三人はその素顔のままに舞台上の演出も演技も自分達の掛け替えのない全てとして率直に生きている。

たとえばのっちが本番で振付や位置を間違えて困惑したことをあーちゃんとかしゆかに如何にも滑稽に身振り手振りで報告する楽屋の場面、三人がそのパフォーマンスを自分達自身のわかちがたい実存として掛け替えなく生きていることが如実に見て取れる。それはある意味当たり前すぎるほど当たり前の、実存としての芸―能(文字通り)そのものの姿でこそある。

 

見ていて印象的なのは、その三人を見つめる海外のファン達のまなざしでもある。「ファン」である以上は世界のどんなところで暮らしていてもそんなものなのかも知れないが、ファン達のまなざしの切実さと言ったらそれ自体が切ないばかりで、それはやはり感涙をさそう。どうしてそんなに切実なのかと言えば、そりゃ見つめる先の三人が切実だからで、では三人は何に切実なのかと言えば、そりゃ今を生ききるのに切実なのだ。だからファン達もそれに暗にほだされて、まなざしがその「今」をこそしっかりうけとる為に切実になる。

 

彼女達の「今」は過去と未来とから隔絶していない。むしろ過去から未来への着実な歩みの中にある今だからこそ、それは掛け替えもなく三人を活かし続ける。言葉で表現しようとすると抽象にしかならないが、しかし見ればわかる。映画を見れば、そこで「今」を呼吸している彼女達のその姿を見れば、確かにわかる。切実に、誠実に、強ばらず、惑わず。余計を排して、そういう彼女達の姿を見つめることに徹することで、「いいものを見た」と思えるドキュメント。