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映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

運が良けりゃ(1966/日本)山田洋次

邦画

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落語の噺をあれこれ取材してあるらしく、挿話に手ざわりを感じる。具体的で、かつ示唆を含んで諧謔を示す。それら挿話のしたたかさこそが映画の見せどころともなるが、それらをしたざさえするのは堅実に設定されたセットや役者達のユニークさではある。物語は春先に始まり、春先に終わる。春夏秋冬のうつり変わりはやはり花弁や落葉、小雪といった空間に舞うなり降るなりするモノの介在により律儀に表現される。かと言って殊更過度に舞ったり降ったりするでもなく、飽くまで「ぁ…」とでも気が付く程度にだけそれらは画面を彩色する。あるいは物語の舞台となる貧乏長屋は、便所や井戸、薄い土塀や脆い梁、障子の縁側の傍の水路などの適当な配置とその活用によってこそ、着実に映画に機能する。また、書割の月、殿様の籠、キャメラはそれらをも、物語の俎上で必要に応じて浮かばせ、歩かせ、そして画面の中に適宜捕捉する。映画を見る者の目がそれらを自分の視線で捕捉するとき、物語はひそかに示唆されて、また展開しようとしている。