映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

宮本武蔵 二刀流開眼(1963/日本)内田吐夢

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媒介。
来し方行く末を模索する放浪の物語。それが物語であるからには、そこでは人と人とが出会いや別れを繰り返すことになる。そしてまた、それが時間と距離を越えていく旅の途上にあるものとして描かれるならば、そこでは人と人とを結びつける媒介としてのあれこれの“モノ”が行き交うことにもなる。
柳生石舟斎吉岡伝七郎らの元にお通を介して届けさせた芍薬の花が、まず武蔵と柳生四天王を出会わせる。ポイントは花の切り口。そこに目を留めなかった吉岡伝七郎らは石舟斎に見限られ、目を留めた武蔵は、しかし肝心の石舟斎には出会う前から敗走する。何故か石舟斎の元に居合わせていたお通は芍薬の花を介して武蔵と知らぬ間にすれ違い、またその笛の音を通して武蔵にその存在をみとめられさえするが、石舟斎に敗走する武蔵とはついに直接見えぬまま終わる。手紙もまた当然人と人とを結びつける媒介となる。だからこそこの五部作の映画にあっては、手紙はほぼ必ず確実に書面として人物の前に展開され、人物は己の声でその書面を律儀に読み上げることになる。たとえ見る者にその文言の一々の意味が伝わりきらなかったとしても、まずは具体的な文言が一定の時間的持続の元に映画の表層に音声として刻印されることが肝要なのだろう(その度毎の振舞の律義さはふと溝口健二元禄忠臣蔵』の討入を報告する手紙、それを一気呵成に読み上げる場面を想起させもする)。又八がなりゆきで託された佐々木小次郎の免状は又八の身分詐称を誘発するが、いざそれが小次郎自身に渡ってしまうと呆気なく破棄されてしまう。それはむしろその場で朱美と小次郎とを結びつける間接的な媒介として機能する。

人物。
武蔵は基本的に一人で画面を背負うことが多い。相対するのはおおかたは多勢、あるいは複数で、その為の構図が的確に配慮される。一対多(多対一)の構図が武蔵の孤高と孤立を際立たせると同時に、活劇である以上その配置は飽くまでその前後の動線に結びついている。武蔵が二刀流に開眼する瞬間は、しかしこれという劇的な段取を欠いている。柳生四天王に追い込まれた武蔵が周囲の他(多)を圧しようとして咄嗟に繰り出した苦し紛れの構え、といったていで見出される。それを「二刀流」と認識するのも柳生四天王の側であって、武蔵自身のそのことへの自覚のありなしさえ描かれない。吉岡清十郎は武蔵の存在の脅威に接して己の存在の不安に駆られるが、その心象が照明の限定された無明の道場という場所の形象に於いて具体的に画面に反映される。武蔵への恋慕に苦悩する朱美の存在はその鈴の音に象徴されるが、鈴の音自体の物語的な由縁は何もなく、ただ鈴の音そのものが朱美の存在を際立たせる記号として機能する。

場面。
現在であればCGを用いるだろう書割合成の場面も多い。セット撮影とロケ撮影の切り張りも。ただやはりそこでも肝要なのは活劇としての人物達の配置とその動線であるようで、飽くまでそれらを活かすことが前提で書割が用いられているように見える。五条の橋の場面などはあきらかに複数の人物達が一つのショットに収まることが必要で、五条の橋という舞台装置が説話的な結節点として印象づけられるように、少なくとも橋自体はごまかしなく画面に収められる。

時代はまだ江戸初期、あるいは安土桃山末期であり、その為か人物達の纏う衣装は鮮やかに涼やかで秀麗な様相を呈している。また女性達の髪形もまだ型にはまりきっておらず多趣向に富んでいる。