映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

百日紅 Miss HOKUSAI(2015/日本)原恵一

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絵の中に絵が描かれている、それも枠の中の枠としてでなく、直に絵が絵を描くというのは、やはり妙。

映画の中の映画にはまだ画面というはっきりした枠がある。絵が絵を描くところにはそれすらない。これはかなり妙。

触覚的な描線と描線の相反がうごめく画面。「描く」という運動が介在しているだけに、それは絵画的というものですらなく、素朴実直にアニメーション的。でもだからこそ、話として描き出される江戸のひとびとの日常の機微が艶を帯びる。文字通りの“豊”かな“色”。百日紅や椿の赤、見上げる空の水色、燃えさかる火事の炎の橙色、踏みしめられる雪の白、人物の肌理や着物の表をうつろう光と影の濃淡。

お栄がお猶を後ろからだきかかえて共に体を揺さぶる。その何気ない仕種のエロス。手が伸びて画を描き、あるいは顔を触り、見えない眼と眼は目前のものの気配に大きく見開かれ、足は大地を(あるいは犬の糞を)踏みしだく。表情は時につまらなそうに、またなんのことやらと呆気羅漢として、あるいは笑みにゆがみ、またあかく染む。

日々に大きな物語なんてものもなく、ただ日毎日毎の生活の細部がある。