映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

リップヴァンウィンクルの花嫁(2016/日本)岩井俊二

いわば「リップヴァンウィンクルの花嫁」ならぬ「花嫁のリップヴァンウィンクル」。たとえば「ジュリエッタの魂」でなく「魂のジュリエッタ」であるように。(「リップヴァンウィンクル」ってのがなんなのかは映画見届けた限りではなにやらわからんままなの…

断食芸人(2015/日本)足立正生

カフカの小説は、たとえ発想の起点に不条理な設定が仕掛けられて始まるのだとしても、それを綴り始めた筆は、けっして自らが綴り始めたその物語の行方を知らない。故にそれは時には正体も不明なまま際限なく継続もし、時には瞬間の劇的な展開=転回で断絶す…

真夜中からとびうつれ(2011/日本)横浜聡子

「エーガ」「エーガ」 カタカタとフィルムが回される音、ギコギコとハンドルが回される音、ちゃりちゃりとコインが落とされる音、チリンチリンと鐘が鳴らされる音、パンパンと銃を撃つ音、パタパタと靴で歩く音、サッサッと地面が蹴られる音。 ふきだしいっ…

山河ノスタルジア(2015/中国=日本=フランス)ジャ・ジャンクー

一つ一つのショットが、その内部の時間を消費しきる前にカットされて、次のショットへとつながる。「内部の時間」とは、映画全体の物語的な脈絡と連関した人物や事物の画面の中での流れと動きの総体とでも言い得ようが、画面を暗黙裡に内部から活気づかせて…

渇き。(2014/日本)中島哲也

偏見なく見たつもりでも、どうもCF的な刹那的な映像の集成に見えて仕方ない。雨が降っていても誰の体も雨に打たれることはなく、雪が降っていても誰の心に雪が降り積もることもない(ように見える)。そこに広がる世界の奥行きが見えない。敢えてそうして…

火の山のマリア(2015/グアテマラ=フランス)ハイロ・ブスタマンテ

少女のクローズアップから映画が始まる。しかし少女の目は終始伏せられ、けっしてキャメラを正面から見据えたりはしない。背後に母親らしき女性があらわれて、少女の身繕いを仕上げていく。 母親と少女が豚を一頭引き摺ってあらわれ、飼育檻の中で雄雌双方に…

蜜のあわれ(2016/日本)石井岳龍

アクタガワ=高良健吾の喋繰らない時の肖像(陰影)、永瀬正敏の「俺もつれてってくれ…」の時のしかつめらしい、そのじつ呆けた表情(笑える)、二階堂ふみの「母になるんですもの…」の時のクローズアップ、大杉漣のへっぴり腰、真木よう子や渋川清彦のあか…

自由が丘で(2014/韓国)ホン・サンス

取り落として、取り戻し、いわば「乱丁」となった手紙の束を、女が読み始める。韓国の映画だが、韓国の映画でないような、ちょうど日本語でも韓国語でもなく英語でつづられたらしい直筆の素朴な手紙の束のように、映画は進む。あるいは、つづられる。時制を…

東京の合唱(1931/日本)小津安二郎

小津映画の子供。そこでは子供は文字通りに子―供であって、複数性をこそ生きるものとして描出される。また同時に大人と隔絶したところに子供はなく、飽くまで大人の存在に付随的に映画の画面とその物語の中に介在することになる(やはり子―供)。この映画の…

恐怖分子(1986/台湾)エドワード・ヤン

冒頭の一連の場面、画面の断続が組み写真的に見える。実際カメラを構えてその一連の状況を収めた青年の写真が組み写真的にモンタージュされる場面もあとからあるが、現に映画内で現在進行で推移している筈の冒頭の場面に於いてさえ、画面の断続が組み写真的…

万事快調(1972/フランス=イタリア)ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・ゴラン

映画(商業映画)を撮る(撮らなければならない)、というテーゼが第一義に立つ。そして、映画(商業映画)を撮るには資金を集めることが必要で、資金を集めるにはスターをキャスティングすることが有効で、スターをキャスティングするには題材となる物語が…

映画覚書・01(「映画史的記憶」)

いわゆる「映画史的記憶」なんてものが意識されねばならないのだとしたら、それはつまりは抑圧を感じなければならないということなのだと。それは作り手は勿論、受け手に於いてさえ映画に倫理的にかかわりたい、かかわるべきだと感じるのなら、そうであらね…

騎兵隊(1959/アメリカ)ジョン・フォード

ジョン・フォードのジョン・ウェインはやはりここでもやたらに手にしたものをぞんざいに放りだしたり投げつけたりする。それは確実に意識的な演出で、ジョン・ウェイン演じるマーロー大佐が過去の妻との死別を物語るくだりなどを見ればそのことは明らかだが…

荒鷲の翼(1957/アメリカ)ジョン・フォード

航空映画かと思っていたら海軍出身の脚本家の伝記映画。主人公が軍属である前半は軍隊ものだが、決定的なハンデを負って海軍を退いてからは伝記もの。制服は映画と相性がいいのかも知れない。海軍、陸軍、警察官。それが集団でくんずほぐれつする乱闘は制服…

うつくしいひと(2015/日本)行定勲

地方(熊本)製作の1時間の小品。冒頭、橋本愛と姜尚中が阿蘇山麓の高原を歩いていくシーンからして、これはイメージフィルムなんだと思える。物を語る為にキャメラのフレームの中に被写体を確固としてとらえようとするのではなく、審美的なオブラートの中…

人生は小説よりも奇なり(2014/アメリカ)アイラ・サックス

熟年のゲイのカップルが同性婚法制化に伴い晴れて結婚するが、それ故に逆にふたりの居場所を失うことになる。 ニューヨークの映画。その街がまずは舞台であり、またその街に住まう人びとの物語でこそあり。必ずしも人影の介在しない、しがないビルの屋上から…

最後まで行く(2014/韓国)キム・ソンフン

たんにタイトルにひかれて見る。韓国で5週連続ナンバー1ヒット、とのこと。基本サスペンス映画の筈が、その展開がことごとく間抜けに見えてしまうのはなぜなのか。つまるところ、やはり1ショットへの意識の弱さが欠陥なのかも知れない。カット割りは無駄…

ハッピーアワー(2015/日本)濱口竜介

キャメラの前にある(いる)のは、あるいは画面の中に映るのは、本来私たちが思うところそのままの「人間」なんかではない。それは人、人、人の肖像でこそあって、むろん抽象としてのイメージでもなく、それ自体として実存する何ものかとしてそこにある(い…

キャロル(2015/アメリカ)トッド・ヘインズ

描き出される物語、つまりは世界、その中心となるふたりの女性こそが画面の中心ともなれど、総体の印象からすればキャメラはふたりの人物、その肖像に接近しすぎているようにも思われ、いわばこのふたりが比喩的にも実際的にもその時その場でどんな世界の中…

呪怨 終わりの始まり(2014/日本)落合正幸

「呪怨」なんていういかがわしい造語を尤もらしくタイトルにもってくるあたりからして、シリーズの初めから「ネタ」として勝負しようという企画だったんじゃないか。恐怖アトラクションとしての現代日本版ホーンテッドハウスもの。このシリーズで興味深いの…

旅情(1955/イギリス=アメリカ)デヴィッド・リーン

映画が始まると、海上に伸びる線路上を鉄道が走っていく図。それだけで俄かに映画は映画づく。ヴェニスの街につけば格安運賃の「バス」で行く水路からポーターの案内する裏道じみた狭い路地を経て、ヒロインは宿に着く。観光映画。ヒロインは列車の中にいる…

春だドリフだ全員集合!!(1971/日本)渡辺祐介

ドリフ映画通算第8作目。 基本ドタバタとするだけの話なんだが、当時のドリフの、いかりや長介や加藤茶の身振り手振りのキレ具合がやはり素晴らしい。志村けん以前のドリフでこのふたりが主役だったのは何よりこのキレあったればこそだったのだろう。ピシャ…

マタンゴ(1963/日本)本多猪四郎

幕あけと幕ひきに画面を彩る東京のネオンの毒々しい色合いこそ、この映画のほとんど全てをそこに具現しているかのように感じられる。精神病棟らしき監獄のような部屋の窓から垣間見える夜の東京のネオンの光、そのぎらつく毒々しさが、マタンゴの誘う狂気の…

無伴奏(2015/日本)矢崎仁司

「DESIGN」とタイトルされた方眼のノートが開かれるところから始まる。なぜ方眼なのかは最初から最後まで判らない。そこに成海璃子演じる女子校生が何やら日々の出来事への印象なり思案なり、あるいは発想したイメージなりを徒然に綴っていくが、方眼の頁は…

ヘイトフルエイト(2015/アメリカ)クエンティン・タランティーノ

西部劇に出てくるコーヒーは、多分大方ブラックなんだろうが、その液体のディテールなんぞが描写されることはごくまれなくせに、大抵の映画で大抵の人物が口にするし、そして結構頻繁に「これがコーヒーかっ(こんなもん飲んでんのかっ)」ってな感じで無下…

運が良けりゃ(1966/日本)山田洋次

落語の噺をあれこれ取材してあるらしく、挿話に手ざわりを感じる。具体的で、かつ示唆を含んで諧謔を示す。それら挿話のしたたかさこそが映画の見せどころともなるが、それらをしたざさえするのは堅実に設定されたセットや役者達のユニークさではある。物語…

彼女の消えた浜辺(2009/イラン)アスガー・ファルディ

子供が海に溺れて、それについで「彼女」も消えてしまうという展開に至るまでは、どうも建物の内での人物達の動きなどを捉える画面の位置が、奇妙に浮ついているように見えていたのが不思議だった。ピントも、あれだけの人物達をいっときに捉えようとした画…

秋日和(1960/日本)小津安二郎

見れば見るほど精巧な工芸品みたいな映画。 まず脚本の妙。やりとりされる言葉が細やかな反復や倒置で修飾されるが、役者さんがたの台詞を発する声の抑揚だけで何度見ても可笑しくなる。美人連を前にやにさがるおっさん三人組の確信犯的に描出されたいやらし…

晩春(1949/日本)小津安二郎

原節子のほんの微妙に斜視がかっている面貌を最も際立たせて映し出したのはやはり小津映画なのかも知れず。何しろ顔が怖い。表情が一見笑っていても、どこか小津映画の原節子は(言い古された言い方に寄るなら)「永遠」性に超脱している。 そう感じられてし…

右側に気をつけろ(1986/フランス=スイス)ジャン=リュック・ゴダール

「映画の一番の重労働は運搬」。ゴダール演じる「公爵」は銀色のフィルム缶を手に携えて運ぶ。86年当時はまだ映画=フィルムだった。神代辰巳『濡れた唇』の冒頭、若い男が自転車にフィルム缶を乗せて運んでいるイメージは、映画素人でしかない自分にも如何…

俳優 亀岡拓次(2016/日本)横浜聡子

行き成り始まる。さあ始まります、という前口上抜きで唐突に始まるだけで、もうこの映画がそういう映画だと判る。それがいいんだ、それこそ映画なんだってのは、趣味の問題か倫理の問題かはわからんが、ひとまずそれでこそと感じる観客がいるということは正…

でーれーガールズ(2015/日本)大九明子

細かいモチーフを画面に活かす演出。たとえば緑と白のスカーフがさらりとほどかれて手に提げられるカットとカットの対称。画面の同期が双方の少女の言わずもがなの心情の同期を自ずから見て取られるべきものにする。このスカーフというモチーフはさりげなく…

勝手に逃げろ/人生(1979/スイス=フランス)ジャン=リュック・ゴダール

女優大会。売春を扱うので結構描写は際どい。でも「男と女にはけっきょくアレしかないんよ(『四畳半襖の裏張り』)」という悲哀のこもる事実から逃避しないのは大人らしく潔い。 女優の顔が、生々しく艶めく。ふつうの意味での演技でも演出でもなく、キャメ…

神々のたそがれ(2013/ロシア)アレクセイ・ゲルマン

英題は"Hard to Be a God"(「神様はつらいよ」?)だから、本来飽くまで唯一神の謂いを含めたタイトル。 乱雑に乱暴に進行するかの如き映画の画面は、そのじつ表現…と言うより具現したい意図のつまったイメージでいっぱいで、息をつぐ暇もない感じが延々い…

私の少女(2014/韓国)チョン・ジュリ

田舎道を滑る車のフロントからのカットで始まる。車は勿論舗装された田舎道を走り続けている。カットが若干奥に引いて、運転席助手席の背が映る。バックミラーには運転手のペ・ドゥナの顔が垣間見える。なんでもないようで、これで最低限映画は映画の画面を…

ザ・ヴァンパイア~残酷な牙を持つ少女(2014/アメリカ)アンナ・リリー・アマポマー

原題の"A Girl Walks Home Alone at Night"故に見たいと思った。シンプルなリズムの、歯切れのいい潔さ。孤独と孤立と孤高のイメージが込められた言葉の連なり(予告編のほうはその美点をよく把握していたように思える)。 自主映画的。学生の制作した自主映…

ザ・ウォーク(2015/アメリカ)ロバート・ゼメキス

回想で綴らねばならない物語だから、いっそ開き直って主人公自身に自覚的な語り部を演じさせる。まどろこしくなくていい。くわえてその大道芸人的なハッタリじみた身振り手振り口振りが如何にもそれらしい意匠として映画の色を示してくれる。 物語の布石。円…

コンタクト(1997/アメリカ)ロバート・ゼメキス

9回裏2アウト2ストライクからの逆転満塁ホームランみたいな物語を、たとえ虚構であっても現在形のまがうことなき現実として感得させる力が映画の力のひとつのありよう。言い換えれば奇跡が起こる瞬間をつかまえて見る者の眼前につきつける力。地球外知的…

ブリッジ・オブ・スパイ(2015/アメリカ)スティーブン・スピルバーグ

人と人とのコミュニケーションをこそ主題として描く映画だから、セリフを含めたそのやりとりの機微こそ見て取り、聞き取るべきものになる。たとえば「不屈の男」を意味するというロシア語のセリフに英語字幕はなく、東独でのドイツ語にもやはりそれはない。…

キャストアウェイ(2000/アメリカ)ロバート・ゼメキス

飛行機の墜落にこれという原因も明かされず(描かれず)、ことは当事者にとって唐突に起こる。唐突に起こるその出来事は否応なく当事者を巻き込み、運命の渦中に投げ込んでしまう。 物象としての荒海。飛行機の操縦席の窓に迫りくる海面然り、緊急ボートただ…

イコライザー(2014/アメリカ)アントン・フークア

こういう内容で132分は余分に感じる。基本センチメンタルな描写が挿入されるために余分を食っているのじゃないか。それが必要なのは動機的に主人公が初犯者だからで、カットを細かく割りつつ(というより余分なショットで誤魔化しつつ)、迷っているふうや悩…

カウボーイ&エイリアン(2011/アメリカ)ジョン・ファヴロー

「締まっている」か「緩んでいる」かと言えば、この映画は正直後者の類。 人と人との表情が交錯する画面とか、感傷的な同一化を曖昧に強いる、つまるところ何を見たことにもならない様な画面。親と子でも男と女でも異人種・異民族(異星人?)間でも、同じ。…

ファーナス/訣別の朝(2013/アメリカ)スコット・クーパー

正しい感覚かどうか自分でわからないにせよ、この映画のウッディ・ハレルソンを見ていたら、アメリカにはまだ映画俳優がいるんだということを思わされる。所謂「スター」ならずとも面構えで堂々と視線をひきうけられる。堂々と映画を、物語をひきうけてくれ…

白鯨との闘い(2015/アメリカ)ロン・ハワード

原題″In the Heart of the Sea″。「海の中心」。ただ、″Heart″には文字通りに「心臓」の意もかかっているかも知れない。劇中、漂流中の人肉食いのエピソードに於いて、犠牲になった仲間の肉のうち心臓を真っ先に食べた、という話は出てくる。それ以上ほりさ…

宮本武蔵 巌流島の決斗(1965/日本)内田吐夢

ここまで、一種滑稽に見えてしまうほど作劇の流れ、あるいは画面そのものから浮いていた小次郎の存在が、やっと本当の出番を得る。浮いていた由縁には、製作者と制作者との間に意識の齟齬でもあったのかも知れないがそれは判らない。 前作に続くように、お通…

宮本武蔵 一乗寺の決斗(1964/日本)内田吐夢

やはり人と人とが出会って別れて行き交う。 吉岡弟と果し合いに出ようとする武蔵が町中の茶屋に立ち寄り、腰を下して短い伝言を紙に書き記す。そのうち尺八の音が雑踏の中から聴こえてきて見れば小汚いなりの虚無僧が尺八を吹きながら店の前で乞食する。武蔵…

宮本武蔵 二刀流開眼(1963/日本)内田吐夢

媒介。 来し方行く末を模索する放浪の物語。それが物語であるからには、そこでは人と人とが出会いや別れを繰り返すことになる。そしてまた、それが時間と距離を越えていく旅の途上にあるものとして描かれるならば、そこでは人と人とを結びつける媒介としての…

宮本武蔵 般若坂の決斗(1962/日本)内田吐夢

冒頭、三年ぶりに俗世間に戻った武蔵がかつて約束した橋の上で思い掛けずお通と再会する場面。そこからして武蔵とお通の背後に広がる空の色が画面に映える。カットによって濃淡はかわるが、何よりその場面の印象は背後の空の色によって決定づけられている。…

宮本武蔵(1961/日本)内田吐夢

冒頭、鏡を前にひとり化粧をつくろっている木暮実千代が、ふと視線をキャメラのほうへ向ける。何気なくキャメラとその視線が絡み合うかに見える。が、つぎの瞬間キャメラが引いてロングショットになると、木暮実千代のまわりには誰もいないし、視線をあずけ…

百日紅 Miss HOKUSAI(2015/日本)原恵一

絵の中に絵が描かれている、それも枠の中の枠としてでなく、直に絵が絵を描くというのは、やはり妙。 映画の中の映画にはまだ画面というはっきりした枠がある。絵が絵を描くところにはそれすらない。これはかなり妙。 触覚的な描線と描線の相反がうごめく画…