映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

邦画

SHARING(2014/日本)篠崎誠

山田キヌヲという主演女優の寝ているのか覚めているのかわからないような表情が第一印象。寝ているのか覚めているのかわからないのは、しかし映画自体の筋書がそうさせているのやも知れず。寝ては覚め、覚めては寝て、どこまでが夢だか現だかも判然とせぬな…

太陽の王子ホルスの大冒険(1968/日本)高畑勲

画面を彩るアイデア、その豊かさ。たとえば冒頭のホルスと狼達との戦闘シーンからして、あの手斧の「縄」。そのアイデアの出色なこと。単なる剣でも斧でもなく、自在なリーチを展開できる「縄」の結びつけられた手斧というアイデアあらばこそ、そのシーンか…

無垢の祈り(2015/日本)亀井亨

9歳の、文字通りの「少女」、福田美姫の映画。両のまなこの真白さ、声のあまりのあどけなさ。 闇夜に浮かびあがる、ぼんやりと照明された工場群のシルエットが、まるでどこかの架空の近未来都市のようにそこに映し出される。少女が自転車で走り回る街並みは…

この世界の片隅に(2016/日本)片渕須直

壁にもたれたヒロインが首を傾げたショットから、画面がぐらりと傾いで水色の空へとゆらめいていくさまを、どう表現したらいいのか。漫画で表現すれば、四角い紙面にコマを割ってそれにそった読者の視点の移動で疑似的に同様の効果を産み出そうとするのかも…

君の名は。(2016/日本)新海誠

物語はあらかじめ入れ替わりが成立してしまったところから始まる。入れ替わりに至る前段としての日常的な描写はかえりみられず、むしろ入れ替わりをこそ物語の前提として日常的な描写を始める。奇跡はすでに起こっている。あとはひたすら帳尻を合わせていく…

火 Hee(2016/日本)桃井かおり

片脚を高く抱えて、ハイヒールを脱ぎ落して、洗面台に爪先を乗せる女。画面が捉えるその面影ははっきり歳老いてもいなければ、けっして若くもなく。しかしまぎれもなく女。 女は喘ぐ、息を吸い、吐く、頬をひきつらせる、唇をゆがめる、目をむく、鼻で嗤う。…

続・深夜食堂(2016/日本)松岡錠司

風、雨が窓外をにぎわしているかと思えば、しまいには雪も降ってくる。なんてことは、現実では当たり前すぎるほど当たり前の現象だろうが、映画の中では演出として組み込まれた映画的な現実と化す。映画的な現実は画面の内外の総体としての物語なりなんなり…

ヒメアノ~ル(2016/日本)吉田恵輔

クリント・イーストウッドや北野武が、映画の中で何故あれほどまでに敵を圧倒し去る最強ぶりを発揮できるのかと、どこかでだれかが尤もらしく語っていたことによれば、つまり彼らはその暴力行為の発動に際しあるべき段取を欠落させているからだ、という話に…

少女(2016/日本)三島有紀子

ほとんど劇画調とも言える、陰影の厳しい本田翼の貌。曰くありげに険のありすぎて寧ろ希薄にも見えてくる表情は、しかし実際によくも悪しくも本編全体がなにか希薄な紙の上にでも書かれた少女漫画のように見えてくるこの映画には、似つかわしい貌だったかも…

Start Line(2016/日本)今村彩子

映画の監督本人である聾唖の女性が伴走者の男性とともに日本を縦断する自転車の旅に挑む、その過程を記録したドキュメンタリー映画。 キャメラがあり、それがそこで回される、ということは、そのことだけでそこにいる人々の反応をひき起こす。そこに於いてキ…

ふきげんな過去(2016/日本)前田司郎

二階堂ふみの貌の映画。人の貌への凝視が、既知である筈だった面影のその既知の印象を脱色してしまう、ということはある。人の貌への凝視はあるいは現実にはあり得ざるフェティシズムの発露かも知れない。しかし現実にあり得ざるということが映画の欠点にな…

映画 ビリギャル(2015/日本)土井裕泰

何かを見つめる少女の面影のカットから映画は始まるが、何より何かしらの空気をふるわせるような音響が、さりげなくにせよ見る者の耳に届いてくる。カット変わればそれば鉄橋上を走る抜ける新幹線の走行音だということは判るが、さりげなくにせよ届いてくる…

乃梨子の場合(2014/日本)坂本礼

71分、ピンク映画なのらしい。しかしその割に濡場にしつこくない。しつこくない濡場は、それ自体のくんずほぐれつがそのまま人物間の心理=生理のドラマ的な運動そのものの如くに見えてくる。それでなくとも、71分という、一般映画に比べれば短いと言えるだ…

シン・ゴジラ(2016/日本)庵野秀明

唯一無二な超生物として変態を重ねてきたゴジラが、文字通りに全身から凄まじい光と熱をありったけに「放射」する。もはや裂傷そのもののように赤々とした口をばっくりと開き切って地表に向かって火炎を、光源そのもののように煌々とした背びれ尾びれをふり…

ディストラクション・ベイビーズ(2016/日本)真利子哲也

船泊の海辺の水面が銀色に鈍くぎらつく冒頭、弟のモノローグがかぶさる画面がやがて船泊全体の上方からのロングショットにひいて、サウンドトラックのギターがギタギタと叩きつけられるように響く瞬間、映画が(画面が)その内側からにわかに息をし始める。 …

二重生活(2016/日本)岸善幸

映画冒頭、朝、彼女が彼氏と起き抜けの性交にはげんだあと、徐にベッドから身を起こす。その身を起こす緩慢な動作が、それとなく中を抜かれた編集で提示される。そこからして、なぜそんな半端な見せ方をしなくちゃならないのかがわからない。要らないなら見…

徳川セックス禁止令 色情大名(1972/日本)鈴木則文

脚本にあらかじめ映画を映画なさしめる為の意図があきらかに埋め込まれていたりする。場面をまたいで異なる人物間でセリフが接ぎ木されるように反復される。反復されるそのことによって画面の断続にリズムが生まれ、ほとんどそれだけのことで「映画」はあっ…

クリーピー 偽りの隣人(2016/日本)黒沢清

映画の中には、何より時間的に空間が広がる。思うに映画の表象で文学だの音楽だの絵画だのという表象と最も異なるのはそこなのじゃないか。それはたんに静態的な空間でなく時間的な一定の振幅をこそはらんで展開する動態的な空間であることに大事があって、…

きみはいい子(2015/日本)呉美保

辻褄が合わせられていく映画、つなげられていく映画。 食事のシーンから食事のシーンにつないだり、叫び声から叫び声につないだり、あるいは落ちる涙から雨の一雫につないだり。物語上直接に関係しないエピソードを「つなぐ」ための、また人物と人物や、人間…

任侠野郎(2016/日本)徳永清孝

蛭子能収ありきの企画に違いない。しかしそれを逆手に、ちゃんと「映画」を仕上げてみせる。何より志ありきの映画。 69分という半端な尺、やくざ映画。しかも主演は一見そこらにふつうにうろついていてもおかしくないおっさん。でもそれが立派に映画になる。…

WE ARE Perfume WORLD TOUR 3rd DOCUMENT(2015/日本)佐渡岳利

ライブ映画ではなく、いわばバックステージ物のドキュメンタリー映画。Perfumeの三人は、しかしむろん三人だけでパフォーマンスをなし得るものでもなく、ごくさまざまなスタッフがそれこそ“Team Perfume”として三人にかかわっているのだろうし、確かにこの映…

リップヴァンウィンクルの花嫁(2016/日本)岩井俊二

いわば「リップヴァンウィンクルの花嫁」ならぬ「花嫁のリップヴァンウィンクル」。たとえば「ジュリエッタの魂」でなく「魂のジュリエッタ」であるように。(「リップヴァンウィンクル」ってのがなんなのかは映画見届けた限りではなにやらわからんままなの…

断食芸人(2015/日本)足立正生

カフカの小説は、たとえ発想の起点に不条理な設定が仕掛けられて始まるのだとしても、それを綴り始めた筆は、けっして自らが綴り始めたその物語の行方を知らない。故にそれは時には正体も不明なまま際限なく継続もし、時には瞬間の劇的な展開=転回で断絶す…

真夜中からとびうつれ(2011/日本)横浜聡子

「エーガ」「エーガ」 カタカタ、ギコギコ、ちゃりちゃり、チリンチリン、 パンパン、パタパタ、サッサッ フィルムが回される、ハンドルが回される、コインが落とされる、鐘が鳴らされる、 銃を撃つ、靴で歩く、地面を蹴る 音 ふきだしいっさいなくコマはオ…

渇き。(2014/日本)中島哲也

偏見なく見たつもりでも、どうもCF的な刹那的な映像の集成に見えて仕方ない。雨が降っていても誰の体も雨に打たれることはなく、雪が降っていても誰の心に雪が降り積もることもない(ように見える)。そこに広がる世界の奥行きが見えない。敢えてそうして…

蜜のあわれ(2016/日本)石井岳龍

アクタガワ=高良健吾の喋繰らない時の肖像(陰影)、永瀬正敏の「俺もつれてってくれ…」の時のしかつめらしい、そのじつ呆けた表情(笑える)、二階堂ふみの「母になるんですもの…」の時のクローズアップ、大杉漣のへっぴり腰、真木よう子や渋川清彦のあか…

東京の合唱(1931/日本)小津安二郎

小津映画の子供。そこでは子供は文字通りに子―供であって、複数性をこそ生きるものとして描出される。また同時に大人と隔絶したところに子供はなく、飽くまで大人の存在に付随的に映画の画面とその物語の中に介在することになる(やはり子―供)。この映画の…

うつくしいひと(2015/日本)行定勲

地方(熊本)製作の1時間の小品。冒頭、橋本愛と姜尚中が阿蘇山麓の高原を歩いていくシーンからして、これはイメージフィルムなんだと思える。物を語る為にキャメラのフレームの中に被写体を確固としてとらえようとするのではなく、審美的なオブラートの中…

ハッピーアワー(2015/日本)濱口竜介

キャメラの前にある(いる)のは、あるいは画面の中に映るのは、本来私たちが思うところそのままの「人間」なんかではない。それは人、人、人の肖像でこそあって、むろん抽象としてのイメージでもなく、それ自体として実存する何ものかとしてそこにある(い…

呪怨 終わりの始まり(2014/日本)落合正幸

「呪怨」なんていういかがわしい造語を尤もらしくタイトルにもってくるあたりからして、シリーズの初めから「ネタ」として勝負しようという企画だったんじゃないか。恐怖アトラクションとしての現代日本版ホーンテッドハウスもの。このシリーズで興味深いの…

春だドリフだ全員集合!!(1971/日本)渡辺祐介

ドリフ映画通算第8作目。 基本ドタバタとするだけの話なんだが、当時のドリフの、いかりや長介や加藤茶の身振り手振りのキレ具合がやはり素晴らしい。志村けん以前のドリフでこのふたりが主役だったのは何よりこのキレあったればこそだったのだろう。ピシャ…

マタンゴ(1963/日本)本多猪四郎

幕あけと幕ひきに画面を彩る東京のネオンの毒々しい色合いこそ、この映画のほとんど全てをそこに具現しているかのように感じられる。精神病棟らしき監獄のような部屋の窓から垣間見える夜の東京のネオンの光、そのぎらつく毒々しさが、マタンゴの誘う狂気の…

無伴奏(2015/日本)矢崎仁司

「DESIGN」とタイトルされた方眼のノートが開かれるところから始まる。なぜ方眼なのかは最初から最後まで判らない。そこに成海璃子演じる女子校生が何やら日々の出来事への印象なり思案なり、あるいは発想したイメージなりを徒然に綴っていくが、方眼の頁は…

運が良けりゃ(1966/日本)山田洋次

落語の噺をあれこれ取材してあるらしく、挿話に手ざわりを感じる。具体的で、かつ示唆を含んで諧謔を示す。それら挿話のしたたかさこそが映画の見せどころともなるが、それらをしたざさえするのは堅実に設定されたセットや役者達のユニークさではある。物語…

秋日和(1960/日本)小津安二郎

見れば見るほど精巧な工芸品みたいな映画。 まず脚本の妙。やりとりされる言葉が細やかな反復や倒置で修飾されるが、役者さんがたの台詞を発する声の抑揚だけで何度見ても可笑しくなる。美人連を前にやにさがるおっさん三人組の確信犯的に描出されたいやらし…

晩春(1949/日本)小津安二郎

原節子のほんの微妙に斜視がかっている面貌を最も際立たせて映し出したのはやはり小津映画なのかも知れず。何しろ顔が怖い。表情が一見笑っていても、どこか小津映画の原節子は(言い古された言い方に寄るなら)「永遠」性に超脱している。 そう感じられてし…

俳優 亀岡拓次(2016/日本)横浜聡子

行き成り始まる。さあ始まります、という前口上抜きで唐突に始まるだけで、もうこの映画がそういう映画だと判る。それがいいんだ、それこそ映画なんだってのは、趣味の問題か倫理の問題かはわからんが、ひとまずそれでこそと感じる観客がいるということは正…

でーれーガールズ(2015/日本)大九明子

細かいモチーフを画面に活かす演出。たとえば緑と白のスカーフがさらりとほどかれて手に提げられるカットとカットの対称。画面の同期が双方の少女の言わずもがなの心情の同期を自ずから見て取られるべきものにする。このスカーフというモチーフはさりげなく…

宮本武蔵 巌流島の決斗(1965/日本)内田吐夢

ここまで、一種滑稽に見えてしまうほど作劇の流れ、あるいは画面そのものから浮いていた小次郎の存在が、やっと本当の出番を得る。浮いていた由縁には、製作者と制作者との間に意識の齟齬でもあったのかも知れないがそれは判らない。 前作に続くように、お通…

宮本武蔵 一乗寺の決斗(1964/日本)内田吐夢

やはり人と人とが出会って別れて行き交う。 吉岡弟と果し合いに出ようとする武蔵が町中の茶屋に立ち寄り、腰を下して短い伝言を紙に書き記す。そのうち尺八の音が雑踏の中から聴こえてきて見れば小汚いなりの虚無僧が尺八を吹きながら店の前で乞食する。武蔵…

宮本武蔵 二刀流開眼(1963/日本)内田吐夢

媒介。 来し方行く末を模索する放浪の物語。それが物語であるからには、そこでは人と人とが出会いや別れを繰り返すことになる。そしてまた、それが時間と距離を越えていく旅の途上にあるものとして描かれるならば、そこでは人と人とを結びつける媒介としての…

宮本武蔵 般若坂の決斗(1962/日本)内田吐夢

冒頭、三年ぶりに俗世間に戻った武蔵がかつて約束した橋の上で思い掛けずお通と再会する場面。そこからして武蔵とお通の背後に広がる空の色が画面に映える。カットによって濃淡はかわるが、何よりその場面の印象は背後の空の色によって決定づけられている。…

宮本武蔵(1961/日本)内田吐夢

冒頭、鏡を前にひとり化粧をつくろっている木暮実千代が、ふと視線をキャメラのほうへ向ける。何気なくキャメラとその視線が絡み合うかに見える。が、つぎの瞬間キャメラが引いてロングショットになると、木暮実千代のまわりには誰もいないし、視線をあずけ…

百日紅 Miss HOKUSAI(2015/日本)原恵一

絵の中に絵が描かれている、それも枠の中の枠としてでなく、直に絵が絵を描くというのは、やはり妙。 映画の中の映画にはまだ画面というはっきりした枠がある。絵が絵を描くところにはそれすらない。これはかなり妙。 触覚的な描線と描線の相反がうごめく画…

合葬(2015/日本)小林達夫

日本映画はやはり時代劇を撮るべきなんだ、と思えた。日本式家屋建築の空間を映画にすること。風俗的ジャンルとしての時代劇を撮るために日本式家屋建築を活用するというより、端的に映画としての空間を撮るために日本式家屋建築を活用するということ。何故…