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映画に

見たものについての覚書 印象をピンで留め置くように

クリミナル 2人の記憶を持つ男(2015/イギリス=アメリカ)アリエル・ブロメン

映画の中に世界の細部を切り取る“描写”。 冒頭に展開される銃撃戦。無政府主義者の徒党による襲撃は、第一撃でタクシーの運転手の頭蓋を撃ち抜き、つづいてタクシーのタイヤを撃ち抜きパンクさせる。むろん、移動を封じる為の襲撃の基本的な段取だ。対抗する…

アンジェリカの微笑み(2010/スペイン=フランス=ブラジル=ポルトガル)マノエル・ド・オリヴェイラ

大河の河畔、夜半の街並。その景観のロングショット。それだけでもはや映画の画面。雨降り頻る石畳の路上をヘッドライトを輝かせる車が滑るように走りこんでくる。それもやはり映画の画面。何よりも音。そこで雨が雨として映画の画面を際立たせるのは、まぎ…

最近見た映画(その05)

◎『幸福は日々の中に。』(2016/日本/茂木綾子、ヴェルナー・ペンツェル) 貌の豊かさ。と言って殊更その心理的な表情に執着する映画ではむしろない。ただ皆が皆、活きている。そのことが、その貌の豊かさの印象として帰結する。アニミズム的な、うごきま…

最近見た映画(その04)

*「ロマンポルノ・リブート」5本* 『ジムノペディに乱れる』(2016/日本/行定勲) なんでジムノペディなのか。なんでこの男なのか。なんでだいたいロマンポルノなのか。わからない。相変わらず審美的に耽美的なソフトフォーカス。ロマンポルノとして映…

SHARING(2014/日本)篠崎誠

山田キヌヲという主演女優の寝ているのか覚めているのかわからないような表情が第一印象。寝ているのか覚めているのかわからないのは、しかし映画自体の筋書がそうさせているのやも知れず。寝ては覚め、覚めては寝て、どこまでが夢だか現だかも判然とせぬな…

太陽の王子ホルスの大冒険(1968/日本)高畑勲

画面を彩るアイデア、その豊かさ。たとえば冒頭のホルスと狼達との戦闘シーンからして、あの手斧の「縄」。そのアイデアの出色なこと。単なる剣でも斧でもなく、自在なリーチを展開できる「縄」の結びつけられた手斧というアイデアあらばこそ、そのシーンか…

最近見た映画(その03)

△『島々清しゃ』(2016/日本/新藤風) 子供達や素人の老人が主要なキャストで登場するが、そうすると脚本の脆弱さがもろに出てしまう。絞りどころ、落としどころが曖昧なままの構成で印象も曖昧に終わる。人物の語るセリフが地に足着かない(体に具わって…

沈黙 ーサイレンスー(2016/アメリカ)マーティン・スコセッシ

映画には何があるか。何もない。映画は現実の事物と向き合うところからしか生まれない。ということは、現実の事物と向き合うことなくして映画そのものにはじつは何もない。なんらの被写体もなき無の時空に映画は実存しえない。映画は全くの「闇」を表象でき…

革命前夜(1964/イタリア)ベルナルド・ベルトルッチ

貌。少女的なコケティッシュを垣間見せる、けれども確実に齢の陰が刻まれつつある、その貌の映画。だからほとんどその貌にだけ画面は注視しつづけて映画は終わる。その貌があらわにするあの表情この表情は如何にも媚態だが、しかし自らを投げかけるべき確た…

無垢の祈り(2015/日本)亀井亨

9歳の、文字通りの「少女」、福田美姫の映画。両のまなこの真白さ、声のあまりのあどけなさ。 闇夜に浮かびあがる、ぼんやりと照明された工場群のシルエットが、まるでどこかの架空の近未来都市のようにそこに映し出される。少女が自転車で走り回る街並みは…

この世界の片隅に(2016/日本)片渕須直

壁にもたれたヒロインが首を傾げたショットから、画面がぐらりと傾いで水色の空へとゆらめいていくさまを、どう表現したらいいのか。漫画で表現すれば、四角い紙面にコマを割ってそれにそった読者の視点の移動で疑似的に同様の効果を産み出そうとするのかも…

最近見た映画(その02)

△『暴力教室』(1976/日本/岡本明久) 松田優作主演作。時代劇から任侠劇へと至る定型を学園劇に移植。なのでラストは討ち入り、殴り込み。主演なのだろう松田優作が三白眼をぎろつかせて凄みをきかせる演技はブルース・リー由来なのか。ほとんど冗談みた…

マッドボンバー(1973/アメリカ)バート・I・ゴードン

爆弾魔チャック・コナーズ、刑事ヴィンセント・エドワーズ、強姦魔ネヴィル・ブランド。 この三人のおやじどもが、その独特に型にはまったキャラクターで映画を支える。とくにチャック・コナーズは、2メートル超もあるらしいその体躯をもてあます様に身を屈…

最近見た映画(その01)

◯『映画 「聲の形」』(2016/日本/山田尚子) ミュージックビデオ風なスタート、音に(世界に)無邪気に心開いているかつての少年。水の流れの中に身を踊らせる、いつでもそこに水の流れがある、花火の音。行為の意図されざる反復は、その意味合いの対称性…

灼熱(2015/クロアチア=スロベニア=セルビア)ダリボル・マタニッチ

灼熱とはなんのことか。あるいはそれは画面に刻印された陽光のことか。しかし灼熱と言うにはそれは多分に翳りを帯びて、けっして溌剌とした輝きを見せつけたりはしない。 同じ男女の役者が、1991年、2001年、2011年と、十年ごとに時代が区切られた挿話の中で…

ピートと秘密の友達(2016/アメリカ)デヴィッド・ロウリー

空撮から始まる。なぜなら、それは空飛ぶ獣の物語だから。そんな律義さに、既に映画の良心がにじみでている。空撮は映画の中で幾度となく敢行されるが、それらが如何にも空飛ぶ獣から見おろされたようなやわらかな軌道を飛翔しているように見えるのは、たぶ…

君の名は。(2016/日本)新海誠

物語はあらかじめ入れ替わりが成立してしまったところから始まる。入れ替わりに至る前段としての日常的な描写はかえりみられず、むしろ入れ替わりをこそ物語の前提として日常的な描写を始める。奇跡はすでに起こっている。あとはひたすら帳尻を合わせていく…

ドント・ブリーズ(2016/アメリカ)フェデ・アルバレス

アメリカ郊外の、廃墟同然の住宅街の一角の、しがない一戸建て家屋が、しかし立派にスリラーの舞台になる。そうなりうるのは、一戸建て家屋の中の空間をしっかり空間として隔てて際立たせるからで、あとはその一戸建て家屋の主を“怪物”に仕立てるにちょっと…

火 Hee(2016/日本)桃井かおり

片脚を高く抱えて、ハイヒールを脱ぎ落して、洗面台に爪先を乗せる女。画面が捉えるその面影ははっきり歳老いてもいなければ、けっして若くもなく。しかしまぎれもなく女。 女は喘ぐ、息を吸い、吐く、頬をひきつらせる、唇をゆがめる、目をむく、鼻で嗤う。…

ダゲレオタイプの女(2016/フランス=ベルギー=日本)黒沢清

カットからカットに、運動が持続する。あるいは断絶する。映画はつまりそれだけのことでしかない。だからカットを割ることは重要で、同時にカットを割らないことも重要になる。カットされる画面は基本的に平面で、いくらそれ自体で深度のある空間を表現しよ…

続・深夜食堂(2016/日本)松岡錠司

風、雨が窓外をにぎわしているかと思えば、しまいには雪も降ってくる。なんてことは、現実では当たり前すぎるほど当たり前の現象だろうが、映画の中では演出として組み込まれた映画的な現実と化す。映画的な現実は画面の内外の総体としての物語なりなんなり…

ヒメアノ~ル(2016/日本)吉田恵輔

クリント・イーストウッドや北野武が、映画の中で何故あれほどまでに敵を圧倒し去る最強ぶりを発揮できるのかと、どこかでだれかが尤もらしく語っていたことによれば、つまり彼らはその暴力行為の発動に際しあるべき段取を欠落させているからだ、という話に…

光りの墓(2015/タイ=イギリス=フランス=ドイツ=マレーシア )アピチャッポン・ウィーラセタクン

画面の中で何かが移り変わる瞬間、それを捉まえるその目がそこに息づく限り、映画は映画であることをやめない。微分的な時間の偏差が、それ自体として映画の映画足る所以を保証する。時間の偏差とはすなわち現象の偏差だが、ここでの現象それ自体(たとえば…

少女(2016/日本)三島有紀子

ほとんど劇画調とも言える、陰影の厳しい本田翼の貌。曰くありげに険のありすぎて寧ろ希薄にも見えてくる表情は、しかし実際によくも悪しくも本編全体がなにか希薄な紙の上にでも書かれた少女漫画のように見えてくるこの映画には、似つかわしい貌だったかも…

映画覚書・02(「そこ」)

映画についての評言。 言葉が視聴覚的な体験の直接性そのものからでなく、意識的な間接性から出ているように読める場合のそれは、事象を分節化する「理解」の無自覚なみ振りでしかないのではないか。言分けしたくても言分けしがたいとうの体験の直接性の感触…

ハドソン川の奇跡(2016/アメリカ)クリント・イーストウッド

原題の“Sully”とは、サリーフィールド機長の愛称としてアメリカでは聴き馴染みのある固有名詞の響きなのかもしれないが、それが敢えて映画のタイトルに冠せられてあることには逆説めいた含蓄があるようにも思える。固有名詞は確かに個人を示す固有名詞であり…

Start Line(2016/日本)今村彩子

映画の監督本人である聾唖の女性が伴走者の男性とともに日本を縦断する自転車の旅に挑む、その過程を記録したドキュメンタリー映画。 キャメラがあり、それがそこで回される、ということは、そのことだけでそこにいる人々の反応をひき起こす。そこに於いてキ…

勝手にしやがれ(1959/フランス)ジャン=リュック・ゴダール

この映画を見るたび、ときに「ああ、これが」と実感できるショットがある。たとえば走行する車上から不図した拍子に垣間見える夜半のパリの街並(清冽と並ぶ街灯の光)、たとえばベルモンドが横死に向かって(緩慢にしかし確実に)よろめき乍ら疾走する白昼…

ふきげんな過去(2016/日本)前田司郎

二階堂ふみの貌の映画。人の貌への凝視が、既知である筈だった面影のその既知の印象を脱色してしまう、ということはある。人の貌への凝視はあるいは現実にはあり得ざるフェティシズムの発露かも知れない。しかし現実にあり得ざるということが映画の欠点にな…

インサイド・ヘッド(2015/アメリカ)ピート・ドクター、ロニー・デル・カルメン

「よろこび」の感情をつかさどるらしい女の子キャラが暗闇の中から初登場すると、まず彼女が示す仕草は自分自身の体から伸びる手足を確認する仕草だったりする。「感情」が、まず生まれ出ずるなり自分自身の手足を確認する。これって妙だ。変だとは言わない…

映画 ビリギャル(2015/日本)土井裕泰

何かを見つめる少女の面影のカットから映画は始まるが、何より何かしらの空気をふるわせるような音響が、さりげなくにせよ見る者の耳に届いてくる。カット変わればそれば鉄橋上を走る抜ける新幹線の走行音だということは判るが、さりげなくにせよ届いてくる…

乃梨子の場合(2014/日本)坂本礼

71分、ピンク映画なのらしい。しかしその割に濡場にしつこくない。しつこくない濡場は、それ自体のくんずほぐれつがそのまま人物間の心理=生理のドラマ的な運動そのものの如くに見えてくる。それでなくとも、71分という、一般映画に比べれば短いと言えるだ…

世紀の光(2006/タイ=フランス=オーストリア)アピチャッポン・ウィーラセタクン

この地球上のあらゆる場所、その空間もすべては宇宙の一部なのだと。それはもしかしたら、「映画」という一見して文化的・人間的とも了解される枠組を超えた端的な事実でこそあって、そんなみもふたもないようなあられもない事実を、この映画は「映画」とい…

シン・ゴジラ(2016/日本)庵野秀明

唯一無二な超生物として変態を重ねてきたゴジラが、文字通りに全身から凄まじい光と熱をありったけに「放射」する。もはや裂傷そのもののように赤々とした口をばっくりと開き切って地表に向かって火炎を、光源そのもののように煌々とした背びれ尾びれをふり…

ディストラクション・ベイビーズ(2016/日本)真利子哲也

船泊の海辺の水面が銀色に鈍くぎらつく冒頭、弟のモノローグがかぶさる画面がやがて船泊全体の上方からのロングショットにひいて、サウンドトラックのギターがギタギタと叩きつけられるように響く瞬間、映画が(画面が)その内側からにわかに息をし始める。 …

激戦 ハート・オブ・ファイト(2013/香港=中国)ダンテ・ラム

元チャンピオンだが今はただのボクサー崩れの中年男が、しがない母娘の住んでいる襤褸けたマンションの一室を間借りして生活し始める。その一見如何にも香港の街の片隅にあるらしいせせこましい部屋には、それでも何気に微風が流れこみ、カーテンがしずかに…

二重生活(2016/日本)岸善幸

映画冒頭、朝、彼女が彼氏と起き抜けの性交にはげんだあと、徐にベッドから身を起こす。その身を起こす緩慢な動作が、それとなく中を抜かれた編集で提示される。そこからして、なぜそんな半端な見せ方をしなくちゃならないのかがわからない。要らないなら見…

徳川セックス禁止令 色情大名(1972/日本)鈴木則文

脚本にあらかじめ映画を映画なさしめる為の意図があきらかに埋め込まれていたりする。場面をまたいで異なる人物間でセリフが接ぎ木されるように反復される。反復されるそのことによって画面の断続にリズムが生まれ、ほとんどそれだけのことで「映画」はあっ…

クリーピー 偽りの隣人(2016/日本)黒沢清

映画の中には、何より時間的に空間が広がる。思うに映画の表象で文学だの音楽だの絵画だのという表象と最も異なるのはそこなのじゃないか。それはたんに静態的な空間でなく時間的な一定の振幅をこそはらんで展開する動態的な空間であることに大事があって、…

回転(1961/イギリス)ジャック・クレイトン

黒衣の女幽霊が写っている。そこに確かに黒衣の女幽霊が写っているように見えてしまうのは、それが面影でありながら同時に面影でしかないからかも知れない。なんでそんなものを映し出すことが出来るのか。一つには画面がモノクロであること、二つにはそれが6…

きみはいい子(2015/日本)呉美保

辻褄が合わせられていく映画、つなげられていく映画。 食事のシーンから食事のシーンにつないだり、叫び声から叫び声につないだり、あるいは落ちる涙から雨の一雫につないだり。物語上直接に関係しないエピソードを「つなぐ」ための、また人物と人物や、人間…

任侠野郎(2016/日本)徳永清孝

蛭子能収ありきの企画に違いない。しかしそれを逆手に、ちゃんと「映画」を仕上げてみせる。何より志ありきの映画。 69分という半端な尺、やくざ映画。しかも主演は一見そこらにふつうにうろついていてもおかしくないおっさん。でもそれが立派に映画になる。…

WE ARE Perfume WORLD TOUR 3rd DOCUMENT(2015/日本)佐渡岳利

ライブ映画ではなく、いわばバックステージ物のドキュメンタリー映画。Perfumeの三人は、しかしむろん三人だけでパフォーマンスをなし得るものでもなく、ごくさまざまなスタッフがそれこそ“Team Perfume”として三人にかかわっているのだろうし、確かにこの映…

ペイルライダー(1985/アメリカ)クリント・イーストウッド

思うに、映画は意識されざる細部の塊で、しかしそれを生み出すのは一定の企図に基づく意識されたる仕事で、とは言え意識されたる仕事は意識されざる細部の全てには及ばず、では意識されたる仕事によって意識されざる細部の塊として生み出される矛盾した存在…

リップヴァンウィンクルの花嫁(2016/日本)岩井俊二

いわば「リップヴァンウィンクルの花嫁」ならぬ「花嫁のリップヴァンウィンクル」。たとえば「ジュリエッタの魂」でなく「魂のジュリエッタ」であるように。(「リップヴァンウィンクル」ってのがなんなのかは映画見届けた限りではなにやらわからんままなの…

断食芸人(2015/日本)足立正生

カフカの小説は、たとえ発想の起点に不条理な設定が仕掛けられて始まるのだとしても、それを綴り始めた筆は、けっして自らが綴り始めたその物語の行方を知らない。故にそれは時には正体も不明なまま際限なく継続もし、時には瞬間の劇的な展開=転回で断絶す…

真夜中からとびうつれ(2011/日本)横浜聡子

「エーガ」「エーガ」 カタカタとフィルムが回される音、ギコギコとハンドルが回される音、ちゃりちゃりとコインが落とされる音、チリンチリンと鐘が鳴らされる音、パンパンと銃を撃つ音、パタパタと靴で歩く音、サッサッと地面が蹴られる音。 ふきだしいっ…

山河ノスタルジア(2015/中国=日本=フランス)ジャ・ジャンクー

一つ一つのショットが、その内部の時間を消費しきる前にカットされて、次のショットへとつながる。「内部の時間」とは、映画全体の物語的な脈絡と連関した人物や事物の画面の中での流れと動きの総体とでも言い得ようが、画面を暗黙裡に内部から活気づかせて…

渇き。(2014/日本)中島哲也

偏見なく見たつもりでも、どうもCF的な刹那的な映像の集成に見えて仕方ない。雨が降っていても誰の体も雨に打たれることはなく、雪が降っていても誰の心に雪が降り積もることもない(ように見える)。そこに広がる世界の奥行きが見えない。敢えてそうして…

火の山のマリア(2015/グアテマラ=フランス)ハイロ・ブスタマンテ

少女のクローズアップから映画が始まる。しかし少女の目は終始伏せられ、けっしてキャメラを正面から見据えたりはしない。背後に母親らしき女性があらわれて、少女の身繕いを仕上げていく。 母親と少女が豚を一頭引き摺ってあらわれ、飼育檻の中で雄雌双方に…